ここで私が書いた 芥川龍之介のことで（周が酔って話す馬鹿話）をさらに書いていきましょう。私も、「今後また書いてみたい」と言いながら、そのまま何もしていなかったものです。
私はこのところけっこう芥川龍之介の作品を読み直すことがたびたびありました。
それでものすごくその個々の作品に感動しているのです。
私が以下のように書いたのは、私の間違いです。
……なんてことをいうわけだ。隣の久米だって面白くないだろうけれど、そのまた後ろにいる菊地寛なんかもっと面白くないよネ。
久米正雄は、「学生時代」は少しは読めるのですが、「破船」なんて話になりません。「そのまた後ろにいる菊地寛なんかもっと面白くないよ」などというのは、間違いです。菊地寛なんか、そのときには何も感じていません。久米も菊地寛も「俺だって、芥川に負けるものか」と思っていたはずだというのは、私の心の中だったのですが、これは私の久米と菊地寛の買いかぶりです。この二人は何も分かりません。菊地寛なんか、このとき何も考えていないでしょう。
夏目漱石がいう通り、「とくに、この芥川君は素晴らしい資質を持っています」ということだったのです。それなのに、あの年齢で自殺してしまったことが、私には非常に悔やまれます。日本の文学の、いや世界の文学の大損失だったと思うのですね。
それから、もう一つですが、
高橋和巳だよ。彼の馬鹿先生の吉川幸次郎がね、若い和巳をやたら誉めたんだね。それでね、和巳はなんだか駄目になっちゃうんだよね。
結局それで３９歳で死ぬことになっちまったんだよ。俺はサ、「悲の器」の主人公正木典善は、実は吉川幸次郎のことだと思っているんだよ…………
私は高橋和巳は作品のほとんどを読みました。それで和巳の先生の吉川幸次郎が嫌いでした。「こんな馬鹿が、許せないなあ」という思いでした。それは、吉川幸次郎が、李白「子夜呉歌」（これは歌が４つあり、その３の歌の解説を私は高校２年のときに読んでいて）について、「この吉川幸次郎は駄目な解釈だなあ」と思っていたものです。 でもその後文庫本にある漢詩の解説をすべて読んでみても、私の思う「李白『子夜呉歌』」の駄目な解説は載っていないのです。それででも吉川幸次郎の全集はとても本屋の上のほうにあり、とても読めるものではありません。
それがこの王子に住むようになって、王子図書館の豊島分室に全集があり、それを開いてみると（数冊は実際に借りて読みました）、私の記憶にあるものは存在しないのです。
これは、吉川幸次郎先生が、自分の著作もすべて検討して書き直しているのです。それに気がついたとき、私は自分の阿呆さ加減が嫌になったものです。そしてさらに、吉川幸次郎先生のお弟子さんの一海知義さんの本も数冊読み、私はもう自分の馬鹿さ加減と、吉川幸次郎先生のものすごさに、ただただ驚いたものでした。
ただ私はこのことは少しも分からなかったのだなあと思ったものです。吉川幸次郎先生のもとで、泣いている高橋和巳を思い、私はただ「吉川幸次郎の意地悪」としか思わなかったのですが、そうではないのです。和巳は自分の阿呆さ加減で涙をながしていたのです。吉川幸次郎先生は、少しも悪くないのです。
そしてそれをただただ偏見で思い込んでいた私が馬鹿なだけなのです。
