「２０１５年１１月６日のポメラ」で私はこう書きました。
2015/11/05 19:41前のＵＰで「この判決で魯迅の小説を思い出した」のは、魯迅「薬」です。
これを書いてみます。私は『魯迅「薬」』を読んでまた涙になっていました。昔読みました（中２の時）のは、竹内好の訳でしたが、今回は井上紅梅訳です。
子どもが熱を出していて、その親老栓が「さあ、銭と品物の引換えだ」ということで、一つの包パオ（饅頭）を手にいれます。彼の妻華大媽はその熱を出した倅にこの饅頭を食べさせるのです。これで治るはずです。
ちょうどそのときに、捕まっている夏瑜がいうのです。
「夏三爺はすばしッこいね。もし前に訴え出がなければ今頃はどんな風になるのだろう。一家一門は皆殺されているぜ。お金！――あの小わッぱめ。本当に大それた奴だ。牢に入れられても監守に向ってやっぱり謀叛むほんを勧めていやがる」
………
後ろの方の座席にいた二十にじゅう余りの男は憤慨の色を現わした。
「まあ聴きなさい。赤眼の阿義が訊問にゆくとね。あいつはいい気になって釣り込もうとしやがる。あいつの話では、この大清（だいしん）の天下はわれわれの物、すなわち皆みなの物だというのだ。ねえ君、これが人間の言葉と思えるかね。赤眼はあいつの家にたった一人のお袋がいることを前から承知している。そりゃ困っているにはちがいないが、搾り出しても一滴の油が出ないので腹を欠いているところへ、あいつが虎の頭を掻いたから堪らない。たちまちポカポカと二つほど頂戴したぜ」
「義哥あにきは棒使いの名人だ。二つも食ったら参っちまうぜ」
壁際の駝背がハシャギ出した。
「ところがあの馬の骨め、打たれても平気で、可憐（かわい）そうだ。可憐（かわい）そうだ、と抜かしやがるんだ」
「あんな奴を打ったって、可憐（かわい）そうも糞もあるもんか」
この捕まった男は自分をあわれむのではなく、殴った相手を可哀想だと言っているのです。
そこでみんなは、
「阿義が可憐かわいそうだって――馬鹿々々しい。つまり気が狂ったんだな」
胡麻塩ひげは大おおいにわかったつもりで言った。
「気が狂ったんだ」
と、二十(はたち)余りの男も言った。
そのあと最後のシーンこの殴られた男とこの薬を飲んでも死んでしまった男の子の母親華大媽が一緒に二人の息子の墓に行くのです。でもこの殴られた男・もう死刑になった男の墓には、
紅白の花がハッキリと輪形（わがた）になって墓の上の丸い頂きをかこんでいる。
ということなのです。
二人は歩いて二三十歩も行かぬうちにたちまち後ろの方で
「かあ」
と一声いっせい叫んだ。
二人はぞっとして振返って見ると、鴉（からす）は二つの翅（はね）をひろげ、ちょっと身を落して、すぐにまた、遠方の空に向って箭(や)のように飛び去った。
（一九一九年四月）
この鴉は死刑になった息子なのです。そして墓に紅白の花を飾ったのは作者の魯迅なのです。
死刑になったこの息子は現実の世界では、「武田泰淳『秋風驟雨人を愁殺す』」（この言葉は秋瑾が述べたものです）での秋瑾女士なのです。だが魯迅はこの息子を小説の中では男にしてしまいました。
中国では死刑になるときに、一族の男はみな殺されます。でも殺された息子の母親はこの小説のように生き残ります。母親は自分のお腹から生まれた子どもでも同じ一族ではないのです。だから同じ一族であれば女であっても殺されるのです。
だから、魯迅はこの死刑になった秋瑾女士をこの「薬」では息子、男にしたのです。でも悲しいです。この魯迅の気持を考えてただ悲しくなってしまいます。
