堀辰雄の小説で、私が読んだものといえば、「美しい村」「風立ちぬ」「菜穂子」「聖家族」といったところでしょうか。
大学に入ったとき、堀辰雄が好きだという文学少女に会いました。彼女はけっしてひ弱ではありませんでしたが、軽井沢を歩いても似合う感じの美少女でした。
しかし、私には全然むいていないのですね。私はいまでも軽井沢ではなく、アメ横ガード下とか、新三河島モツ焼で焼酎飲んでいるほうがあっていますから。それに、「風立ちぬ」が書かれた昭和１１年は２・２６事件の年です。多分私はやはり、２・２６に眼を輝かすか、逆にマルキストになる存在の方を選んだように思います。
それにしても、堀辰雄の小説を読んで思春期の少年たちが主人公と自分を重ね合わせて読んでしまう気持が判る気がします。
その高原で私の會ってきた多くの少女たちを魅するために、そ
してそのためにのみ、早く詩人になりたいという、子供らしい野
心に燃え （「麥藁帽子」）
ている堀辰雄の姿は、私にもあったように思います。
でもやはりいいのは「風立ちぬ」ですね。
それは、私達がはじめて出會つたもう二年前になる夏の頃、不
意に私の口を衝いて出た、そしてそれから私が何といふこともな
しに口ずさむことを好んでゐた、
風立ちぬ、いざ生きめやも。
といふ語句が、それきりずつと忘れてゐたのに、又ひょつくりと
私達に鮮つてきたほどの、………………云わば人生に先立つた、
人生そのものよりかもつと生き生きと、もつと切ないまでに愉し
い日々であった。
病弱な節子を見舞う「私」には「愉しい日々」なのだ。なんだかこの「私」の気持がよく分かるように思います。ここでは節子の病気そのものが、「私」の幸福を育むものなのです。（2002.11.04）